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頂き物−小説

『希望(のぞみ)』


  俺は、美咲と――実際には別世界の人間と――話していて、自分の望んでいたものが何なのか
分からなくなっていた。
 俺は美咲が好きだったのか、ただの友達だったのか。
 いや・・・俺は好きだった。
 小学校の頃から一緒だったから、その気持ちに気付かなかっただけかも知れない。
 死んでから気付くなんて、薄情なヤツだよな、俺って。
「いいじゃないの、別に」
そんな俺の心の内を透かすように、美咲は言った。
「それが本当の気持ちなんでしょ?」
「・・・まあ、な・・・」
顔を赤らめ、俯く俺の姿。
端から見たら、なんて滑稽な姿なんだろう。
「私は悠人が好きよ。だから、あんたの世界のあたしもあんたのこと好きだったと思うよ」
「なんでそう言えるんだよ」
「同じあたしだからよ」
俺に背中を向け、桜の木を見上げたままそう言った。
「分かるんだ?」
「ううん、そう思うだけ」
桜の木に向かって一陣の風が吹くと、待っていたかのように舞い上がる散った桜の花。
「だってさあ」
ふいとこっちに顔を向けると、半ば呆れたような表情でこう続ける。
「あんたが死にそうになったからって、自分を身代わりにしてあんたを助けるなんて
 そう簡単に出来ることじゃないよ」
まあそうだろうな。
 だが、そこまで言われて俺ははたと気付いた。
 俺は、男として最高に情けない結末を迎えたのでは、と。
 好きな女に守られて生きながらえる。
 そして、その俺を守ってくれた人はもう、この世にはいない。
なんて情けないんだ・・・。
「自分が情けない、って思ってる?」
「!」
 正直、驚いた。
 こんな沈んだ表情をして俯いているのだから、それくらい見て取れるのかも知れない。
「・・・・・」
「そんなこと言ったら、あんたの世界のあたしは一生浮かばれないよ?」
 あ、もう死んでるんだから一生なんておかしいね。
そう言って美咲は恥ずかしそうに笑った。
 観点はそこじゃないだろ・・・。
「まあ・・・そうね、永遠に浮かばれないわね」
「永遠に?」
「うん、強いて言うなら・・・自縛霊になったりして」
「じばくれいっ!?」
じ・・・自爆霊・・・
「違うわよ」
据わった目をして俺を見つめる美咲。
「あんた、じばくって自分で爆発すること考えてるでしょ」
「えっ? 違うのか!?」
「・・・・あんたホントにバカね、いい、自縛霊っていうのはこう書くのよ、こう!」
地面に手で字をなぞる。
「縛る、って書くんだ」
「訊いたことくらいあるでしょ?」
「まーな。浮かばれないオバケが、永遠にその場所に憑いてるってことだろ・・・・え?」
 自分の言ったことが、先ほどの説明の的を射ていることに自分で驚いた俺は
思わず素っ頓狂な声をあげた。
「そういうこと。あんたの世界のあたしは、きっとずーーーっとこの桜の木の
 自縛霊さんになってるんだろうねぇ」
 ・・・冗談じゃねえよ。
「そりゃないだろ! なあ、冗談云うなよ」
「・・・冗談だと思う?」
 真剣な眼差し。
それは、彼女の言っていることがうそではないことを証明している。
「・・・どうしたらいいんだよ」
「訊きたい?」
「・・・ああ」
「簡単よ、成仏させてあげればいいの」
「・・・」
その方法が分かったら苦労しねえよ。
「でも、別に霊媒師さん呼べ、とか言ってるんじゃないよ」
「じゃあ・・・」
「だから、あんたの世界にいるあたしが望んだことをしてあげればいいのよ」
「望んだこと?」
「そう、希望よ」
・・・・・。
 思わず考え込む俺だが、考え込む前に直感で思い浮かんだものがあった。
「忘れないこと?」
美咲のおばさんに言われたこと。
『覚えていてくれる人がいる限り、美咲は生き続けるの。その人の心の中でね。』
それを、反芻するように呟いた俺。
「そーね」
美咲は髪の毛をかき上げると、まっすぐに俺を見つめ、言った。
「忘れないこと、そして、生きることね」
「・・・生きること?」
「それが、あんたの世界のあたしに頼まれた、あんたへの伝言よ」
「・・・・・」
 頼まれた、ということは、この今俺の目の前にいる美咲が
俺を助けてくれた美咲から頼まれた、ということなのだろうか。
 その辺り、俺はあまり理解できなかったが、俺のいた世界の美咲が俺を助けてくれて
そのうえ俺がこの先生きる道を失わないように戒めまで言付けてくれる。
 うーん、やっぱりいい子だったな・・・。
 いつの間にか過去形になってる・・・。
 あいつが死んだなんて、信じたくないのに・・・。
「はい、ともかく!」
俺の陶酔にも近い妄想を断ち切るようにぱん、と手を叩くと
無理矢理にでも自分に注目させようとでっかい声を出した美咲。
「あんたは、あたしを忘れないで、あたしの分まで生きて、そして
 ちゃんと生きている女の子を好きになること」
「・・・・え?」
「いつまでもオバケにしがみついてたんじゃ
 あんたの世界のあたしは本当に自縛霊になっちゃうわよ」
 俺があいつに対する未練を断ち切れば、あいつは成仏できるのか。
 でも・・・。
「美咲を忘れるのと、未練を捨てるのと、どう違うんだよ!?」
半分は怒り、半分は哀しみで涙声になっていた俺は
今にもつかみかからんくらいの勢いで美咲に詰め寄った。
「・・・あんたは、あたしのことをどう思ってるの?」
「・・・・・」
 さっき訊かれたことと同じだ。
同じ訊かれ方をして、俺はさっきと同じことを思う。
俺は美咲が好きだったのか、それともただの友達と思っていたのか・・・。
 だが、今度は一発で答えが出た。
「好きだ」
「・・・そうよね、そうでしょ。だったらそれでいいじゃない。
 あんたはあたしが好き、でもあたしはもうこの世にはいない人間、だからあんたは
 あたしにくれるはずだった分の『愛』を、他の生きている子に注いであげなさい」
「・・・・・わかんねえよ・・・」
「悠人・・・」
「どーしたらいいんだかわかんねえんだ! 俺は美咲に未練があったのか!?
 あいつのことは好きだし、死んだなんて信じたくない! 
 だけど現実として受け入れるつもりだ。それでも、俺は・・・・」
「悠人っ!!」
張り上げるような声。
よもすれば、平手で打たれないとも限らない勢いだった。
「あんたねえ、いつまで『幻影』にしがみついてるつもりなの?
 あたしのことが好きなら、あたしの最後のお願いを訊いてくれてもいいでしょ!?」
「・・・・最後」
「そう、最後。あんたの好きなあたしからの遺言」
「・・・・・・・」
「苦しむのがあんただけならいい。でもね、そのお陰であんたのことが好きだった
 もう一人のあたしまで苦しむのよ、あたしはそれが許せないのよ!」
「・・・・苦しむ?」
「・・・さっきから何度も云ってたでしょ? 自縛霊になっちゃうって」
「・・・」
「約束しなさい、ここで、あたしを通してあんたの好きだった杉森美咲に」
そう言うと、おもむろに小指を突き立てて右手を差し出す。
「・・・ほら」
「・・・・・・・」
少し迷ったが、結局俺はその小指に、自分の小指を絡ませた。
「・・・・・約束よ?」
「分かったよ」
 そう言い切った俺の顔には、最早迷いは微塵も感じられなかった。
 決意の表情だけが見て取れた。
 それを見て、美咲はにっこりと微笑むと、別れを哀しむ虚ろげな表情になる。
だが、俺がその表情に気付く前に、美咲は俺の唇を塞いだ。
「・・・・・!?」
 目を見開く俺のすぐ目の前に、目を閉じた美咲がいる。
「・・・・・」
 俺も、半ば強制的ではあったが状況に流れようと身を任せる。
 普通、立場逆だろうよ・・・。
 その言葉が、俺の頭に木霊した・・・・・。



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